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大阪地方裁判所 平成6年(行ウ)86号 判決 1999年3月25日

大阪府茨木市駅前三丁目一〇番二三号

原告

清和住宅株式会社

右代表者代表取締役

藤岡董

右訴訟代理人弁護士

関戸一考

東京都千代田区霞が関一丁目一番一号

被告

右代表者法務大臣

陣内孝雄

右指定代理人

山崎敬二

山本弘

東曠

浜垣治郎

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  原告と被告との間において、原告の昭和六三年四月一日から平成元年三月三一日までの事業年度(以下「平成元年度」といい、同様に「平成二年度」「平成三年度」、右の三事業年度を合わせて「係争各年度」という。)の法人税について原告が平成五年八月六日付でした修正申告に基づき原告が納付すべき租税債務は六一二万一七〇〇円を超えて存在しないことを確認する。

2  原告と被告との間において、原告の平成二年度の法人税について原告が平成五年八月六日付でした修正申告に基づき原告が納付すべき租税債務は一八四八万二八〇〇円を超えて存在しないことを確認する。

3  原告と被告との間において、原告の平成三年度の法人税について原告が平成五年八月六日付でした修正申告に基づき原告が納付すべき租税債務はマイナス二七二七万二四八〇円を超えて存在しないことを確認する。

4  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、裁判所の競売手続で不動産を買い受けてこれを転売すること等をして不動産業を営む同族会社である。

2  原告は、係争各年度の法人税につき、茨木税務署長に対し、別表1ないし3の各「確定申告」欄記載の日時に、同欄記載のとおりの内容の確定申告をした。

3  原告は、平成五年八月六日、係争各年度の法人税につき、茨木税務署長に対し、別表1ないし3の各「修正申告」欄記載のとおりの内容の修正申告(以下、「本件修正申告」という。)をした。

4  しかし、本件修正申告は、次のとおり、原告の代表取締役である藤岡董が、体調不良の状態で刑事手続で身柄を拘束されたまま、二人の検察官から強要されて、意思能力のない状態で、又は少なくとも、何らの資料も見ることができない状態でしたもので、その内容も、現実の所得を著しく上回る過大なものとなっている。

したがって、本件修正申告は、藤岡董の意思能力を欠く状態の下にされたもの、又は同人の客観的に明白かつ重大な錯誤に基づくものであり、租税法で定めた過誤是正以外の方法による是正を許さないとすれば納税義務者の利益を著しく害すると認められる特段の事情があるから、無効である。

(一) 原告は、平成四年四月一四日ころ、平成元年度の事業年度ころ以降の分の法人税を不正に免れたとの嫌疑で、大阪国税局の強制調査(査察)を受け、その際、経理関係の資料を押収された。そのころ、それまで顧問税理士であった坪内税理士から顧問契約を解除された。

(二) 藤岡薫は、平成四年六月六日ころ、突然呼吸困難に陥って入院し、同年一〇月七日に退院した後、左迷走神経麻痺及び左副神経麻痺の治療のため通院していた。

(三) 藤岡は、平成五年六月七日ころ、大阪国立病院に診察に行く途中、原告(会社)に係る法人税を原告が偽りその他不正な行為により免れたとの被疑事実(法人税法一五九条一項、一六四条一項)で逮捕され、藤岡宅、原告及び藤岡の顧問弁護士の大澤郁夫の事務所なども捜索を受け、原告の会計帳簿等の経理関係の書類一式が押収された。藤岡は、逮捕に引き続いて勾留され、身柄を拘束される状態が続いた。

(四) 藤岡は、担当検事に対し、体調が不良であることを訴えたが、通院を認められず、薬も与えられないまま、取調べを受けた。また、藤岡は、右被疑事実の犯意を否認したが、担当の西原副検事は、「そんなこと言ってたら、拘置所をずっと出せへんぞ。」と強い口調で自白を迫った。その後、平成五年六月一一日から担当となった城検事は、「君はこんなところにおる人と違うねん。早うこんなところから出ていままで通り頑張ってもらわねばあかんねん。」「これみな認めてくれて修正申告を出してもろうたら、それで終りや。起訴もせえへんつもりや。」と言って、藤岡に修正申告をすることを強く迫った。

(五) 藤岡は、結局、城検事に対し、右被疑事実(脱税)を認める供述をし、検事が作成した供述調書に署名・指印した。

ところが、城検事は、同年六月二五日、原告(法人)及び藤岡を、原告が平成元年度分及び平成二年度分の原告の法人税を偽りその他不正の行為により免れたとの罪(法人税法一五九条一項、一六四条一項)で大阪地方裁判所に起訴した。

藤岡は、同月二九日、保釈請求をしたが、結局、同年七月末ころ、右請求は却下された。

(六) 藤岡は、このままでは裁判が終わるまで保釈も認められないのではないかとの恐怖心にかられ、体調も優れなかったために、早く国税局の主張どおりの内容の修正申告をしなければならないと思い詰めるに至り、岡田税理土に代理人として修正申告をすることを委任した。

岡田税理士は、国税局から修正後の法人税申告書及び別表のコピーを渡され、このコピーの記載を転記して原告の係争各年度分の法人税の修正申告書を作成し、刑事事件の弁護人である大澤弁護士を介して大阪拘置所内の藤岡に届けさせた。

(七) 藤岡は、同年八月六日、全く正常の判断能力、意思能力を喪った状態で、国税局の調査結果に基づいた内容が正しいものと信じて、右の修正申告書に署名し、これを大澤弁護士を介して、岡田税理士に交付した。

岡田税理士は、同日、茨木税務署長に対し、右修正申告書によって本件修正申告をした。

(八) 本件修正申告は、次のとおり、重大な誤りがあり、係争各年度の原告の所得について、著しく過大な額を計上している。その各項目についての額は、別表4のとおりである。

(同表<1>について)

原告は、その代表者の藤岡から継続的に金銭の借り入れをしており、その借入金に対する一〇パーセントの割合による利息(平成元年度分につき合計三三二〇万円、平成二年度分につき合計二八九四万二五一八円、平成三年度分につき三一四万二七〇五円となる。)は原告の係争各年度における経費となるところ、本件修正申告においては、これが経費に計上されていない。

(同表<2>について)

原告は、金融機関から運転資金を借り入れる際、藤岡の物上保証を受けていたから、藤岡に対し担保提供料として借入金利程度の支払義務を負い、その額は、平成元年度分につき三二〇万円、平成二年度分につき合計七五〇万円、平成三年度分につき九〇〇万円となる。これは原告の経費となる。ところが、本件修正申告においては、これが経費に計上されていない。

(同表<3>について)

藤岡は、原告の取引に際し、原告が負担すべき収入印紙代の一部を立て替えて払った。右立替分は、平成元年度分につき四七九万七〇〇〇円、平成二年度分につき五四一万〇二〇〇円、平成三年度分につき合計一六九万六四〇〇円となる。原告はこれを藤岡に返済する義務を負い、これは原告の経費となる。ところが、本件修正申告においては、これが経費に計上されていない。

(同表<4>について)

原告は、大阪府茨木市春日五丁目二一一番地一二所在の宅地及び同地上の木造瓦葺二階建居宅、大阪府高槻市清福寺町八九二番地六所在の宅地及び同地上の木造瓦葺二階建居宅を所有していたが、本件修正申告においては、これらを資産として計上しておらず、その減価償却費も計上しなかった。それは、平成元年度分につき合計八五万八一〇九円、平成二年度分につき合計七五万七九一四円、平成三年度分につき六六万九八〇二円となる。

(同表<5>について)

本件修正申告においては、平成元年度に原告が藤岡の個人口座からの引落しの方法で支払った公共料金のうち七五万四〇八一円が経費に計上されていない。なお、刑事判決では右の金額として七九万一〇六六円が認定された。

(同表<6>について)

藤岡は、原告が競落した不動産を一般顧客に転売するに際し、仲介業者に正規の手数料以外に、販売促進費として一件当たり平均一〇万円の謝礼を原告に立て替えて払った。その額は、平成元年度分につき七九件合計七九〇万円、平成二年度分につき七五件七五〇万円、平成三年度分につき一三件一三〇万円となる。なお、刑事判決においては、平成元年度分一四五五万円、平成二年度分一三八万円が認容された。また、原告は当初件数に二五万円を乗じて計算していた。これは原告の経費となるのに、本件修正申告においては、経費として計上されていない。

(同表<7>について)

原告は、藤岡が所有する大阪府茨木市上中条一丁目三二六番の三所在の宅地及び同地上の木造瓦葺二階建居宅を藤岡から買い受けて、山室忠広に転売した。そして、所有権移転登記は、藤岡から山室に中間省略でする手続を採った。その際、山室から原告に右土地建物の固定資産税の清算金として一万八四一一円が交付され、その場で更に原告から藤岡に交付された。右金員は藤岡の収入であって原告の収入ではない。ところが、平成元年度分の本件修正申告においては、原告の収入として計上されている。

(同表<8>について)

藤岡は、田中四男美から頼まれて同人の債務を保証した際、六七万三八一〇円の謝礼(保証料)を受領した。これは、藤岡の収入であって、原告の収入ではない。ところが、平成元年度分の本件修正申告においては、これが原告の収入として計上されている。

(同表<10>について)

原告は、西村邦男との紛争の示談金として、昭和六三年七月四日に二〇〇万、平成二年一〇月二九日に一五〇〇万円を、それぞれ同人に支払っており、この紛争は同業者の会合に際して起った紛争であるから、その示談金は原告の経費となるが、平成元年度分及び平成三年度分の本件修正申告においてはそれぞれ経費に計上されていない。

(同表<11>について)

原告は、右の西村邦男との紛争に際し、弁護士大澤郁夫に示談による解決を依頼し、その報酬として合計八二万四〇〇〇円を同弁護士に支払った。これは、原告の経費となるべきところ、平成元年度分の本件修正申告においては、これが経費に計上されていない。

(同表<12>について)

原告は、加藤工務店に大阪府吹田市岸部及び大阪市浪速区下寺の工事を発注し、その工事代金としてそれぞれ三〇〇万円及び一〇〇万円の合計四〇〇万円を支払った。これは原告の経費となるべきところ、平成元年度分の本件修正申告においては、これが経費に計上されていない。

(同表<13>について)

藤岡は、原告が住宅の新築又は増改築をする際、原告に代わって、あいさつ料(迷惑料)として一件当たり平均二〇万円を工事現場の近隣住民に立替払しており、その合計額は、平成元年度分につき二五件五〇〇万円、平成二年度分につき二五件五〇〇万円となる。原告はこれを藤岡に返済する義務を負い、これは原告の経費となるところ、平成元年度分及び平成二年度分の本件修正申告においては、これが経費に計上されていない。

(同表<14>について)

藤岡は、原告が競売で取得した不動産を暴力団員が占有している場合、その明渡しを受けるための立退料(暴力団対策費)を原告のために立替えて支払った。その合計額は、平成元年度分は八〇件四〇〇〇万円、平成二年度分は八〇件で四〇〇〇万円となる。原告は、これを藤岡に返済する義務を負担しており、これは原告の経費となるところ、本件修正申告においては、これらが経費に計上されていない。なお、原告は、取引に際して領収証なしに受領した金員を藤岡の個人口座に入金し、その中からこの暴力団対策費を支出した。

(同表<15>について)

藤岡は、原告の従業員慰安旅行の際の寸志、従業員に対する香典、出産祝い、顧問弁護士・税理士への特別報酬など原告が負担すべきものを立替えて支払った。その合計額は、平成元年度分につき八五万円、平成二年度分につき二五六万円、平成三年度分につき一四三万円となる。原告は、これを藤岡に返済する義務を負い、これは原告の経費となるところ、本件修正申告においては、これが経費に計上されていない。

(同表<16>について)

藤岡は、原告が境界を確定する際の立会人らに対し謝礼(一件当たり平均二万ないし三万円)を立替払しており、その合計額は、平成元年度分は一〇〇万円、平成二年度分は一〇〇万円となる。原告は、これを藤岡に返済する義務を負っており、これは原告の経費となるところ、平成元年度分及び平成二年度分の本件修正申告においては、これが経費に計上されていない。

(同表<17>について)

原告は、建売を主な業務としており、土地及び建物の転売の際の譲渡益はすべて建物に係る利益であり、土地の譲渡利益は存しない。しかし、本件修正申告においては、平成元年度分につき合計三億七〇二〇万六〇〇〇円、平成二年度分につき合計六億九六八三万六〇〇〇円、平成三年度分につき合計一億四三五〇万二〇〇〇円がそれぞれ土地の譲渡益として計上されている。

そして、本件修正申告においては、右の土地譲渡益が、あることを前提に、これらの土地が短期又は超短期所有に係る土地の譲渡等に当たるとして、更に譲渡益の二〇パーセント又は三〇パーセントの土地重課税(平成元年度分につき一億一一〇六万一八〇〇円、平成二年度分につき二億〇四二二万九三〇〇円、平成三年度分につき四三〇五万〇六〇〇円となる。)を納付しなければならないものとされている。

(同表<18>について)

原告は、藤岡の所有する土地上に本社家屋を所有しており、藤岡に対し、その地代を支払う義務を負い、その額は、借地権を取得しない場合は更地価格の六パーセント程度となるから、平成元年度分は二六六四万円、平成二年度分は二四四二万円、平成三年度分は二二二〇万円となる。しかし、本件修正申告においては、これらが経費に計上されていない。

(同表<19>について)

原告は、競売で取得した物件を暴力団員が占有している場合、自ら立退料(一件当たり平均五〇万円)を支払って明け渡しを受けたものがあり、この合計額は、平成元年度分は八八件で四四〇〇万円、平成二年度分は六九件三四五〇万円、平成三年度分は一八件九〇〇万円である。この暴力団立退料は原告の経費となるところ、本件修正申告においては、これらが経費に計上されていない。

(同表<20>について)

原告が銀行から借金をする際、藤岡が保証しており、原告は、藤岡に対して借入額の六パーセントに相当する保証料を支払う義務を負う。その合計額は、平成元年度分は二億二三二五万六四〇〇円.、平成二年度分は二億六七四三万二八〇〇円、平成三年度分は八二二六万円となる。これは原告の経費となるところ、本件修正申告においてはこれが経費に計上されていない。

5  よって、本件修正申告は効力がないものであり、原告と被告との間において、本件修正申告に基づいて原告が係争各年度の法人税として納付すべき税額は、平成元年度については六一二万一七〇〇円、平成二年度については一八四八万二八〇〇円、平成三年度についてはマイナス二七二七万二四八〇円(いずれも差引納付すべき法人税額である。)を、それぞれ超えて存しないことの確認を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1ないし3の各事実は認める。

2  同4の主張は争う。

(一) 同4(一)の事実のうち、原告が平成四年四月一四日ころ大阪国税局の強制調査を受けたことは認め、その余は知らない。

(二) 同(二)の事実は知らない。

(三) 同(三)の事実は認める(ただし、藤岡が逮捕される際、大阪国立病院に診察に行く途中であったことは知らない。)。

(四) 同(四)は否認する(ただし、藤岡が当初脱税の意思を否認したことは認める。)。城検事らが原告が主張するように修正申告をすることを強く迫ることはあり得ない。

(五) 同(五)の事実は認める。

(六) 同(六)の事実は否認又は知らない。

(七) 同(七)の事実のうち、藤岡が本件修正申告の申告書に署名したこと、及び、岡田税理士が原告主張のとおり本件修正申告をしたことは認め、その余は否認又は知らない。

(八) 同(八)は争う。修正申告書の記載内容についての錯誤の主張は、その錯誤が客観的に明白かつ重大であって、租税法規で定められた過誤是正以外の方法による是正を許さないとすれば、納税義務者の利益を著しく害すると認められる特段の事情がある場合でなければ許されない(昭和三九年一〇月二二日・最高裁第一小法廷判決・民集一八巻八号一七六二頁参照)。原告が主張する各事実は、いずれも誤記・誤算などの明白な誤りには当たらない。

理由

一  請求原因1ないし3の事実、同4(一)のうち、原告が平成四年四月一四日ころ大阪国税局の強制調査を受けたこと、同4(三)の事実(ただし、藤岡が逮捕される際、大阪国立病院に診療に行く途中であったことは除く。)、同4(五)の事実、同4(七)の事実のうち、藤岡が本件修正申告の申告書に署名したこと及び岡田税理士が原告主張のとおり本件修正申告をしたこと、以上の事実は、当事者間に争いがない。

二  法人税については、申告納税制度が採用され(法人税法七四条、七七条参照)、納税義務者は、確定申告書を提出した後において、申告書に納付すべきものとして記載した税額に不足額がある場合、申告書に記載した純揖失等の金額が過大である場合などには、更正の通知があるまで、当初の申告書に記載した内容を修正する旨の申告書を提出することができ(国税通則法一九条一項参照)、また、確定申告書に記載した納付すべき税額が違算により過大である場合などには、確定申告書の提出期限後一年以内に限り、当初の申告書に記載した課税標準等又は税額等につき更正をすべき旨の請求をすることができるもの、とされている(同法二三条一項参照)。

右のような各規定の趣旨に鑑みると、納税義務者たる法人が、その自由意思に基づいて法人税の確定申告をした以上、原則として、前記の更正の請求の手続による場合を除いては、右確定申告が民法九五条の錯誤に基づくものであることを理由にその効力がないことを主張し得ないもので、例外的に、その錯誤が客観的に明白かつ重大であって、租税法規で定められた過誤是正以外の方法による是正を許さないとすれば、納税義務者の利益を著しく害すると認められる特段の事情がある場合に限り、右の錯誤の主張が許されるものと解するのが相当である(昭和三九年一〇月二二日・最高裁第一小法廷判決・民集一八巻八号一七六二頁参照)。

また、修正申告は、前記のとおり、納税申告書を提出した者が、先の納税申告書の提出により納付すべきものとしてこれに記載した税額に不足額がある場合等にその申告に係る課税標準等又は税額等を修正する申告であり、その記載内容についての錯誤の主張についても、確定申告の場合と同様、その錯誤が客観的に明白かつ重大であって、租税法規で定められた是正方法以外の是正を許さないならば納税義務者の利益を著しく害すると認められる特段の事情がある場合でない限り、許されないものというべきである。

そして、右の特段の事情がある場合とは、課税要件事実についての見方や法律解釈につき誤った見解に立つ税務係官が強く指導するなどしたため納税者が錯誤に陥った場合等極めて例外的な場合に限られるものというべきである。

三  そこで、まず、本件修正申告が、原告の代表取締役である藤岡の自由意思に基づいてされたものか否かについて検討する。

1  前記一の争いのない事実、甲一ないし六〇(枝番も含む。)、乙一、二、原告代表者本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によると、次のとおり認められる。

(一)  大阪国税局の収税官吏は、平成四年四月ころ、原告の係争各年度分ころの法人税につき、国税に関する反則事件(偽りその他不正の手段により原告が免れたとの嫌疑)として調査を開始し、同月一四日ころ、原告の経理関係の資料を押収した。そのころ、原告の顧問税理士であった坪内税理士は、原告との間の顧問契約を解除する旨原告に通知した。

(二)  藤岡(昭和一三年三月二一日生)は、その後、国税局から何度も出頭要請を受けたが、これに応じず、平成五年六月七日、右の嫌疑による被疑事実で逮捕され、藤岡の自宅、原告及び原告の顧問弁護士であった大澤郁夫の事務所等も捜索を受け、原告の会計帳簿等の経理関係の書類が押収された。

(三)  藤岡は、逮捕に引き続いて勾留され、大阪拘置所内で西原副検事及び城検事の取り調べを受け、被疑事実の相当部分を認める旨の供述をし、その旨の検面調書が作成された。そして、藤岡は、平成五年六月二五日、原告(法人)とともに、平成元年度分及び平成二年度分の法人税を偽りその他不正の手段により原告が免れた、との罪(法人税法一五九条一項、一六四条一項)で大阪地方裁判所に起訴され、その後も勾留は続いた。

(四)  藤岡は、平成五年六月二九日に保釈請求をし、一旦同年七月五日大阪地方裁判所により保釈を許可する決定を受けたが、右決定は準抗告審で取り消され、その後右保釈請求は却下された。藤岡は、更に、準抗告審の決定に対する特別抗告をしたが、その弁護人の申立補充書(甲四〇)においては、藤岡は、「当時の被告人の見解とは異なるものの、早急に修正申告をする意思を有している。」と記載された。藤岡は、右の起訴にかかる刑事事件の第一回公判期日である同年八月二四日の翌日(二五日)、同裁判所により保釈許可となり釈放されたが、それまでその身柄は拘束中であった。

(五)  藤岡は、大阪拘置所に身柄拘束中、平成元年度分及び平成二年度分の原告の法人税について、すでにしていた当初の申告の税額を基本的には大阪国税局及び検察庁の調査に基づく金額に増額する旨の修正申告をすることにし、平成五年七月末ころ、右修正申告の代理人として岡田税理士を依頼する手続を採った。

(六)  岡田税理士は、同月末ころ、国税局を訪れ、査察統括第二課の井川英俊統括主査及び矢野査察官と面談し、係争各年度分の原告の法人税について、国税局の調査の結果に基づいて記載された申告書用紙及び別表の写しを国税局から受領し、これを検討した上、この写しの記載を転記する方法で原告の係争各年度分の法人税の修正申告書を作成して原告の従業員に会社のゴム印を押捺させるなどした上、藤岡の刑事事件の弁護人であった大澤弁護士を介して、これを大阪拘置所内の藤岡に届けさせた。

藤岡は、平成五年八月六日ころ、大阪拘置所内において、右のようにすでに記載された修正申告書用紙を検討した上、それに署名し、これを大澤弁護士を介して岡田税理士に交付した。

(七)  岡田税理士は、同日、茨木税務署長に対し、右の修正申告書を代理人として提出し、本件修正申告をした。藤岡は、当時も大阪拘置所に勾留されていたが、同年六月二五日に起訴された後は、検察官から取調を受けたことはなかった。

(八)  藤岡及び原告は、平成八年一一月八日、大阪地方裁判所において、刑事事件において藤岡が懲役三年(四年間執行猶予)、原告(法人)が罰金九〇〇〇万円の有罪判決を受け、控訴したが、平成九年一一月二五日、大阪高裁において、控訴棄却の判決を受けた。

(九)  藤岡は、昭和五〇年ころから昭和五三年ころまでの間、個人で不動産の仲介業をしており、所得税の確定申告もしていた。昭和五三年一〇月に原告(会社)を成立し、係争各年度分の法人税の確定申告は、坪内税理士に依頼していたが、税務申告についての基本的な知識は有していた。

藤岡は、刑事事件において勾留されていた当時、左迷走神経麻痺及び左副神経麻痺の症状があったが、それは勾留や勾留中の検察官による取り調べに耐えられないほどのものではなかった。

2  右認定事実によれば、平成五年八月六日当時、藤岡は、刑事事件において勾留された状態ではあったものの、係争各年度分の原告の法人税の修正申告であること、及び、その内容は国税局の調査の結果に基づくもので当初の申告額よりも税額が大幅に増加するものであることを十分に認識した上で、自らの自由意思に基づいて、本件修正申告をしたものであると認められる。

3  原告は、本件修正申告は、藤岡が、体調不良のまま身柄を拘束され、検察官から強要されてしたもので、正常の判断能力を失った状態で、修正申告に応じないと裁判が終わるまで保釈も許可されないという恐怖心にかられて、何らの経理資料も見ることができない状態でしたものであると主張し、刑事事件における被告人質問、陳述書、原告代表者本人尋問の結果の一部には、これに副う部分がある。

しかし、本件修正申告は、検察官の取り調べが終了してから一か月間以上を経過してからされたものであって、本件全証拠を検討しても、検察官が脱税の事実を自白することや修正申告をすることを強制したような事情は窺うことはできない。また、藤岡の体調についても、本件全証拠によっても、平成五年七月九日の請願書(甲三九)で体調の不調を訴えた以前に、藤岡の体調不良を原因として、弁護人らが治療を求めたことを認めるに足りる証拠はなく、結局、本件修正申告の当時、藤岡の体調が著しく不調であったと認めるに足りる証拠はない。原告の主張は採用できない。

また、本件修正申告が藤岡が勾留されている間にされたことをもって、その効力について前記一の判断と異なる判断をすべき事情も見当らない。

四  本件修正申告についての錯誤の主張は、請求原因4(八)のとおりであるところ(本件修正申告が前判示のとおり藤岡の自由意思に基づいてされたものである以上、右請求原因の主張は錯誤の主張と解するほかない。)、仮に原告主張の錯誤があったとしても、その主張内容自体が、申告当時において職権で減額更正すべき事情が客観的に明らかに認められるようなものとは到底いえず、のみならず、次のとおり、原告のこの点に関する主張については、いずれも、そもそも錯誤があったと認めることができないか、又は、前記二の特段の事情を認めるに足らない。

1  別表4<1>について

証拠(甲三の四ないし六二の一ないし一五、二の一七、二六、三〇、並びに原告代表者本人尋問の結果)及び弁論の全趣旨によれば、原告の総勘定元帳には、原告が主張する藤岡からの借入れが記載されているが、他方で、これらの借入金の利息については何らの会計処理もされていないばかりか、藤岡の所得税についてもこれらの利息について何らの処理もされておらず、原告は、確定申告の記載によっても一〇〇〇万円単位の所得金額の存する平成元年度、平成二年度にも、藤岡に何ら利息の支払をしていないことが認められる。右事実によると、たといこのような借入れが存したとしても、藤岡において、これらの貸金について利息の支払を受けるつもりがあったかどうか極めて疑問であるといわざるを得ない。

2  同表<2>について

原告主張のように、原告が、藤岡に対して担保提供料の支払義務を負っていたことは、認めるに足らず、藤岡にこの点につき錯誤があったとも認められない。

3  同表<3>について

そもそも、藤岡がその主張に係る印紙代を立て替えたと認めることはできず、同人に収入印紙代について錯誤があったと認めることはできない。

4  同表<4>について

法人税法三一条一項によれば、内国法人の減価償却資産についてその償却費として損金の額に算入すべき金額は、その内国法人が当該事業年度においてその償却費として損金経理をした金額のうち、一定の計算を経た金額とする旨規定されており、損金処理をしたことが減価償却費を損金の額に算入するための要件とされている。甲六(枝番を含む。)、二七及び弁論の全趣旨によれば、係争各年度においては、原告主張の二件の不動産について、このような法定の減価償却の処理がされていないと認められる。

5  同表<5>について

甲七(枝番を含む。)及び弁論の全趣旨によれば、平成元年度分の公共料金について、原告名義の口座から二八三万円、藤岡名義の口座から一一〇万六〇九三円がそれぞれ引き落とされ、また、原告の元帳には、電話代、ガス代、電気代及び水道代として合計三一四万九四〇三円が経費として計上されており、引落額と申告額との間に七九万一〇六六円の差額があることが認められる。そして、原告は、藤岡名義の口座から引き落とされた費用の中に原告の経費とすべきものも含まれると主張するが、仮にそうであったとしても、原告の経費と認められるべき金額は不明であるというほかない。

そもそも、この点については、藤岡に錯誤があったと認めることはできない。

6  同表<6>について

確かに、甲二七、原告代表者本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、藤岡は、検察官の取り調べに際し、一貫して、原告が競売物件を一般顧客に売却するに際し、仲介業者に正規の手数料以外に、販売促進費として一件当たり平均一〇万円の謝礼を立て替えて払っていたとの供述を繰り返していたことが認められるが、本件全証拠を検討しても、原告主張のような立替払いがあったとは認めるに足らず、そもそも錯誤があったことが認めるに足らない。

7  同表<7>について

原告の主張によっても、転売された不動産の固定資産税の負担の清算については、本来原告に帰属すべき部分がないとはいえない。

8  同表<8>について

この点についての原告の主張は認めるに足らず(むしろ、甲二七及び弁論の全趣旨によれば、田中から保証料を受け取り、領収証を発行したのは、藤岡ではなく、原告であると認められる。)、藤岡において、この点について錯誤があったとは認められない。

9  同表<10><11>について

藤岡の供述によっても、原告が、西村邦男に支払ったとする示談金は、藤岡個人の暴力事件についての示談金であって、その支払及び弁護士に対する報酬金の支払が原告の事業のための経費(損金)となるものではないと解される。この点については、原告主張の錯誤自体が認められない。

10  同表<12>について

原告が主張するように、原告が加藤工務店に工事代金として三〇〇万円及び一〇〇万円を支払ったことは、これを認めるに足らず、この点に藤岡に錯誤があったとは認められない。

11  同表<13>ないし<16>について

原告が主張するように、藤岡が、建築時の近隣対策費、暴力団対策費、社員慰安旅行や祝金等、及び境界立会いの謝礼を、原告のために立替払したことは、これを認めるに足らず、いずれも、この点に藤岡に錯誤があったとは認められない。

12  同表<17>について

甲一九の六に記載された金額を裏付ける具体的な根拠、資料は見当らず、そもそも、原告が譲渡した土地及び建物の譲渡利益が、全部建物についてのみであったことは極めて疑わしく、藤岡に原告主張のような錯誤があったとは認められない。

13  同表<18>について

原告主張のように原告が藤岡に地代支払義務を負っていたことは、これを認めるに足らず、藤岡個人について、原告のこの点の主張に合致するような所得税の申告等があったことを認めるに足りる証拠もない。

いずれにしても、藤岡にこの点について錯誤があったとは認められない。

14  同表<19><20>について

いずれも、原告主張のように、原告が暴力団への立退料を支払ったこと、借入金についての保証料を藤岡に支払う義務を負っていたことは、いずれも認めるに足らず、藤岡にこの点につき錯誤があったとは認められない。

五  以上のとおりであり、本件修正申告は、いずれにしても有効であるというべきであるから、その効力がないことを前提とする原告の本件請求は、その余の点を判断するまでもなく理由がない。そこで、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担について行訴法七条、民訴法六一条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 八木良一 裁判官 北川和郎 裁判官 和田典子)

別表1

課税の経緯

<省略>

別表2

課税の経緯

<省略>

別表3

課税の経緯

<省略>

別表4

修正申告の誤り

<省略>

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